第弐拾七話 刹那崩れた塔の11Fからランディエフが逃げ、一人残された祖龍の姿を紅龍は見ていた。紅龍は平然とした様子で言葉をかける。 「…良いのですか?貴重な捕虜を逃してしまって」 「問題ナド無イ…奴ノ記憶ハ、ナカナカ私ヲ楽シマセテクレタヨウダ」 それを聞き、紅龍は多少訝しげな表情を浮かべた。 紅龍には祖龍ほどの強大な力は無い。祖龍にはわかることでも、紅龍にはいまいち理解できないこともある。 「しかし、奴がここの場所を仲間にしゃべれば、色々とめんどうな事になるのではないでしょうか?」 だが祖龍は、あくまでも冷静に答える。 「心配ハイラン、紅龍。スウォームト、セルフォルスニ追撃ヲ任セテイル。」 「…ほう…」 紅龍は、今あの剣士を追っているであろう自らの弟と、セルフォルスを頭の中で見比べた。 そういえば、セルフォルスの奴も自分の読心術では全く心が読み取れない。 それに、どれほどの力を持っているのだろうか? 「…祖龍様、我等の同士達の記憶も覗いてみてはいかがでしょう?彼等の事を知っておくことに何も損はありません」 紅龍の言葉に、笑みを浮かべて祖龍は返す。 「フム…イイカモシレナイナ…紅龍」 そう言うと、2人は『名も無い崩れた塔12F』へ登っていった。 地上へ続く道を下っていたランディエフは、崩れた塔2Fで出くわしたスウォームとセルフォルスに足止めを食らっていた。 武器の無いランディエフに戦う力は無く、攻撃を避けるので精一杯であった。 逃げ惑うばかりのランディエフにスウォームが罵声を浴びせる。 「逃ゲルナ!戦エ!!」 スウォームが大きく息を吸ったと思うと、口から黒炎のブレスが吐き出される。 ランディエフは間一髪でそれを避けたが、運悪くブレスに巻き込まれた『デスピンサー』数匹が木っ端微塵に吹き飛び、破片をあたりに撒き散らした。 だが、スウォームの攻撃を回避したからといって油断はできない。 スウォームの後方から、緑色の短髪をした少年…セルフォルスが、弓で的確にこちらを狙ってくる。 セルフォルスの弓から放たれた『スナイプ』を『ドラケネムファンガー』で間一髪の所で防ぐと、近くの瓦礫に素早く身を隠した。 ランディエフを見失ったセルフォルスとスウォームが、辺りを探している。 「ドコヘ隠レタ!?出テコイ!!」 今は身を隠しているが、いずれ見つかるだろう。体の方も限界が近づいてきている、外に出ることができれば『ポータルストーン』でヴァン達に助けを求めることができるのだが… ランディエフが薄暗い辺りに何かないか探っていると、ふと手に何かが当たった。 引き寄せてみると、さきほどのデスピンサーが落としたであろう『騎兵刀DX』であった。アンドゥリルより破壊力は落ちるだろうが、この後に及んで贅沢はいっていられない。 『半月刀DX』だったら無理だろうが、これならスウォームの体を傷つけることぐらいはできるだろう。幸い刃こぼれもないようだ。 ランディエフが『シマーリングシールド』で自らに盾をまわすと、スウォームとガープの前に踊り出た。 「…逃げ回って悪かったな、今から相手してやる…」 待ち望んでいたようにスウォームが叫ぶ。 「ソウダ、ソレデイイ!…セルフォルスハ手ヲ出スナ、コイツハ俺ノ獲物ダ」 「…了解しました、黒龍様」 セルフォルスは静かに弓を下ろすと、一歩後ろに下がる。 スウォームとランディエフの両者は互いに睨み合っている。 先に仕掛けたのはスウォームだった。強大な瞬発力を利用して一気にランディエフに迫る。 スウォームの拳は、浮遊していた『ドラケネムファンガー』に防がれたが、その衝撃波に天上からパラパラと破片が落ちる。 動きの止まったスウォームに、ランディエフが『サザンクロス』を食らわせようと盾の影から身を出し、斬りかかる。 だが、振り上げられた剣をスウォームは間一髪それを避けると、鋭い牙を剥き出しにしてランディエフの右手首に食いついた。 「ぐあっ!?」 そのまま手首を食いちぎられるのではないかと思っているランディエフは、その体を離そうとスウォームのがら空きの胴体に蹴りを食らわせた。 だが効いている様子は全く無い。しかしスウォームは手首に噛み付いたまま動こうとしなかった。 何をしている? そう思った直後、噛み付かれている手首から、心臓の心拍数と同じリズムで激痛がこみ上げてきた。 『バイトバンキング』といわれるスキルだということに気付いたときにはもう遅い。スウォームはランディエフが死ぬまで手首を離さないだろう。 「(終わったな、黒龍様の勝利だ)」 少し離れたところから戦いを見ていたセルフォルスは、当たり前のようにそう悟った。 あの人間もよく頑張ったが、こうなってしまっては死ぬよりほかは無い。 セルフォルスが祖龍に報告をしに戻ろうと振り向こうとした時、ふと人間の行動に目を見張った。 噛み付かれている腕に持っている武器を、無事な方の腕に持たせていた。 そしてそのまま武器を振りかぶり、一気に振り下ろした。 「(動けない黒龍様を?いや…違う!)」 黒龍とランディエフの間に鮮血が飛び散る。しかしその血は、黒龍のものではない。 噛み付かれている方の腕を、ランディエフ自らが断ち切ったのだ。 「ナ…ニ…?」 腕を口にくわえたまま呆然としている隙をついて、ランディエフが一気に1Fへ繋がるポータルへ駆け込もうと走る。 「…!逃がさんっ!」 すかさずセルフォルスが矢を放つが、一瞬遅かったかランディエフの姿は消え、壁に虚しく矢が突き刺さった。 「…くそっ!」 セルフォルスは小さく舌打ちした。 名も無い崩れた塔から無事外に出たランディエフは、自分の持ち物を漁り『ポータルストーン』を見つけると、すぐさまラムサスのポータルストーンへ通信をかけた。 手に力が入らず、視界もはっきりしない。血を流しすぎたのだ。 今も自ら斬った右腕からは血があふれ出ている。 そしてようやく、ラムサスのポータルストーンと通信が繋がった。 「…ラム…サスか…?」 通信越しに、ラムサスがこちらを心配する声が聞こえてくる。 『ランディエフ!?無事か!?」 「今…だいぶやばい状態だ…救援をたの…む…」 視界がさっきよりぐらつき、声も途切れ途切れで力無く聞こえる。 『しっかりしろ!今どこなんだ?』 「…名も無い…崩れ…た……搭の…ま…ぇ・……」 通信越しに自分を呼ぶラムサスの声が小さくなっていくのを最後に、ランディエフは気を失った。 |